検討されたが条文化されなかった論点 / 更新 2026-10-19

団体訴訟制度(差止請求・被害回復)は令和8年改正に入ったか|検討経緯と附帯決議

出典: 個人情報保護委員会事務局「現行制度と検討の方向性について(団体による差止請求制度及び被害回復制度)」(検討会資料4・2024年9月26日)、同「改正法の概要」(2026年7月17日)、改正法本文(同日)、「今後の取組について」(2026年7月31日)。いずれも2026-09-10に本文を確認。

ノートパソコンで資料を作成する手元

「差止請求」「被害回復」という団体訴訟の仕組みを個人情報保護法にも導入する案は、2024年9月の検討会で議題に上がりました。しかし令和8年改正の条文には盛り込まれていません。一次資料で確認できた検討の経緯と、国会が残した宿題の中身を整理します。

1. 団体訴訟制度とは何か

消費者団体訴訟制度は、内閣総理大臣が認定した消費者団体が、消費者に代わって事業者に対して訴訟等をすることができる制度で、「差止請求」と「被害回復」の2つに分かれます。

  • 差止請求: 事業者の不当な行為(不当な勧誘、契約条項、表示等)に対し、適格消費者団体(全国26団体が認定)が不特定多数の消費者の利益を擁護するために、当該行為の停止等を求めることができる制度
  • 被害回復: 事業者の不当な行為によって多数の消費者に共通して財産的被害等が生じている場合、特定適格消費者団体(全国4団体が認定)が、消費者に代わり裁判を通じて被害の集団的回復を求めることができる制度

現行の個人情報保護法では、個人情報が違法に取り扱われた場合、本人自身による利用停止等請求(法第35条)や損害賠償請求は可能ですが、他の個人に生じうる同種の被害の拡大を防止するところまでは請求できません。個人情報保護委員会による指導・助言(法第147条)や勧告・命令(法第148条)も、体制・人的資源の限界からすべての違反行為に迅速かつ網羅的に対応できるとは限らないという課題があります。

2. 検討の経緯

個人情報保護委員会事務局は2024年9月26日の検討会(資料4)で、この消費者団体訴訟制度を参考に、適格消費者団体に個人情報保護法上の差止請求権を付与することを検討課題として提示しました。対象として想定されたのは、緊急命令や利用停止等請求の対象となる条文のうち、次の規定への違反行為です。利用目的による制限(法第18条)・不適正な利用の禁止(同第19条)・適正な取得(同第20条)・第三者提供の制限(同第27条第1項)・外国にある第三者への提供の制限(同第28条)等です。あわせて、適格消費者団体の体制面への支援(専門性の確保、端緒情報の共有、資金援助等)の要否も論点として挙げられていました。

この検討事項は、その後の議論でも引き続き取り上げられています。2024年12月25日に「個人情報保護法のいわゆる3年ごと見直しに関する検討会 報告書」が公表されました。改正法の概要資料の検討経緯年表は、この報告書に「中間整理で掲げた検討事項のうち、課徴金制度及び団体による差止請求・被害回復制度について検討」と注記しており、この段階では課徴金制度と並ぶ検討事項だったことが分かります。

3. 令和8年改正にどう反映されたか

結論として、団体による差止請求・被害回復制度は、令和8年7月17日公布の改正法には盛り込まれませんでした。次の3つの一次資料でいずれも同じ結果が確認できます。

  1. 改正法の条文本文に、「差止請求」「適格消費者団体」「訴訟」という語は一つも登場しません。
  2. 同日公表の「改正法の概要」資料でも、改正内容そのものを説明する本文(各制度の解説部分)にこれらの語は登場せず、前述の検討経緯年表の脚注1件だけに現れます。
  3. 2026年8月26日公表の「政令・規則等で定める事項の全体像」が示す4分類・11テーマ+基本方針見直しの計12論点(まだ決まっていないこと一覧で確認できます)にも、団体訴訟制度・差止請求は含まれていません。
国会が残した宿題改正法の可決にあたり、衆議院(2026年5月21日採決)・参議院(2026年7月8日採決)は、両院同一文言の附帯決議第十三項として次のように政府に求めています。
「個人情報の違法な取扱いに起因する個人の権利利益の侵害に対する拡大防止及び事後的な救済を図るため、団体による差止請求制度及び被害回復制度について、導入に向けた検討を引き続き行うこと。また、検討に際しては、消費者及び事業者の双方の意見に十分に配慮すること。」
つまり、今回の改正で導入が見送られたのではなく、今後の検討課題として国会自身が明記した状態です。
団体訴訟制度(差止請求・被害回復)の検討と令和8年改正の対応表
確認する点状態根拠
検討の起点2024年9月26日の検討会で、適格消費者団体への差止請求権の付与が課題として提示された検討会資料4(2024年9月26日)
令和8年改正法の条文差止請求・適格消費者団体・訴訟の規定は入っていない改正法本文(2026年7月17日)
政令・規則等で定める事項12論点に含まれていない全体像資料(2026年8月26日)
国会の附帯決議「導入に向けた検討を引き続き行うこと」を政府に求める(第十三項)衆参附帯決議(2026年7月31日の委員会資料で確認)
導入の時期・対象範囲未確定(一次資料に記載なし)同上

表は、このページの1〜3で整理した内容をまとめたものです。確認日は出典欄のとおりです。

4. 自社がいま確認しておくべきこと

令和8年改正の条文には団体による差止請求・被害回復の規定が存在しないため、現時点でこの制度に基づく訴訟リスクは発生していません。附帯決議は「引き続き検討」を求めるものであり、導入時期や対象範囲は一次資料に一切記載がなく、未確定です。個人情報保護委員会の会合資料でこの論点が扱われるようになった場合は、決定タイムラインに追記します。

団体訴訟制度が入らなかった現行制度で、事業者が受けうる請求・調査の経路。出典: e-Gov法令検索の個人情報保護法(確認日 2026-10-19)。
経路誰から根拠事業者が確認する点
開示・訂正等・利用停止等の請求本人法第33条、第34条、第35条請求を受けたときの受付窓口と、遅滞なく対応する手順があるか
請求に係る訴えの提起本人法第39条(事前の請求)訴えの前に、請求が到達してから2週間が経過している必要があること(相手が請求を拒んだ場合を除く)
苦情の申出本人その他の関係者法第40条(事業者の苦情処理)、第53条(認定個人情報保護団体の苦情処理)苦情を適切かつ迅速に処理する体制の整備に努めること。加盟先の認定個人情報保護団体から説明や資料提出を求められたら、正当な理由なく拒めないこと
報告・立入検査、指導・助言、勧告・命令個人情報保護委員会法第146条、第147条、第148条委員会から求められたときに、取扱いの状況を説明できる記録があるか

適格消費者団体が個人情報保護法に基づいて事業者に差止めを求める経路は、この表にありません(このページの3のとおり、改正法にも入っていません)。消費者契約法など、ほかの法律の差止請求は、このページでは扱っていません。

5. よくある質問

Q1. 団体訴訟制度は、令和8年改正で導入されましたか。

導入されていません。改正法の条文本文に、「差止請求」「適格消費者団体」「訴訟」という語は登場せず、2026年8月26日公表の政令・規則等で定める事項の全体像にも含まれていません(この記事の3、確認日 2026-09-10)。

Q2. 今後導入される予定はありますか。

国会の附帯決議は、団体による差止請求制度と被害回復制度について、導入に向けた検討を引き続き行うことを政府に求めています。導入の時期や対象範囲は、一次資料に記載がなく、未確定です。

Q3. 自社は今、団体から差止請求を受けるおそれがありますか。

令和8年改正の条文に団体による差止請求・被害回復の規定がないため、この制度に基づく請求は、現時点では法律上の根拠がありません。個別の事案についての判断は、顧問弁護士または個人情報保護委員会にご確認ください。

Q4. 団体訴訟制度の検討では、どんな違反行為への差止請求が想定されていましたか。

個人情報保護委員会事務局が2024年9月26日の検討会(資料4)で示した検討課題では、緊急命令や利用停止等請求の対象となる条文のうち、利用目的による制限(法第18条)・不適正な利用の禁止(同第19条)・適正な取得(同第20条)・第三者提供の制限(同第27条第1項)・外国にある第三者への提供の制限(同第28条)等への違反行為が対象として想定されていました。これは検討段階の資料で、令和8年改正法には盛り込まれていません。(この記事の2)

Q5. 団体訴訟制度が導入される時期は決まっていますか。

決まっていません。導入の時期や対象範囲は、一次資料に記載がなく未確定です。国会の附帯決議は「導入に向けた検討を引き続き行うこと」を政府に求めるにとどまります。個人情報保護委員会の会合資料でこの論点が扱われるようになった場合は、決定タイムラインに追記します。(この記事の3・決定タイムライン)

この記事の位置づけここに書いたのは、個人情報保護委員会・国会が公表した資料の整理であり、個別の事案についての法的な助言ではありません。今後、団体訴訟制度の検討が具体化した場合の対応については、顧問弁護士または個人情報保護委員会にご確認ください。

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